紫雷






≪プロローグ≫

<判っている筈だ・・・選ぶべき者が誰か・・・!>

三つの光が自分に集まってくる。
それぞれに意志を込めた光だ。
だが――――

<私の元へ来い・・・!バイパーウィップ!!>

揺るぎなき、強靭な心。
この場で最も私を呼ぶ声。

<私のものになれ・・・!!!>

ひときわ強い波動―――まばゆく輝く緑光が、私を強く惹きつけた。

(いいだろう・・・その心で、私を得るがいい・・・!)

バチィッ!!

残る二つの光を弾き、私は彼に向き合う。
黒い鎧に仮面をつけた、騎士凰牙の操縦者。

白いギアコマンダーを掲げながら、じっと意識を逸らさない
 ――支配者の風格――
戦士の眼差しで、私を射抜く。

(新たなる主・・・凰牙を駆る者よ・・・!!)

私も視線を揺らさない。
真っ向から彼を受け止める。


それは儀式の様なものだ。
契約者への、私の挑戦。
我らを得んとする者に、須らく課せられる最初の戦い。
各々の『求める心』―――自分達と自分達の備える力に
相応しい器を示せぬ者に、我らが主たる資格は無いのだ。
(私を捕らえてみせろ!!!)
「パイルセーブ!バイパーウィップ!!」
彼の―――アルテアの声が朗々と響く。


バイパーウィップの声が聞こえたかどうか。
見事セーブに成功したアルテアは、仮面の下で微かに笑みを浮かべる。
それはいつもの戦場での不遜さとは、少し趣を異にする表情。
純粋な、歓喜と満足の表情だった。



・・・・それが、かの方との出会いだった。



電童本vol.2 「紫雷」




―――そして今、私は主様と別たれようとしている。
永遠に。


「お前達も・・・新しい契約者の元へ・・・」
己であることを取り戻し、その代償に主様は倒れた。
そして私たちとの契約が解かれた。
主様が私達を手放したのだ。
“電童のパイロットたちの元へ行け”
――――と。
その心にはまだ主たる資格があるのに、その身体はもう戦えない
―――わかっている。わかっているのだ、私にも。
でも―――それでも!
私は言わずにはおれなかった。
『私は貴方以外の力にはなれない!!』
『・・・察しろバル・・・アルテア殿の思い、判らないわけではないだろう!』
ブルホーンが隣で言う。
きつく唇をかみ締めて。
『アルテア殿の・・命令だ。我らは従わねばならぬ・・・!』
言葉に間があいたのがわかった。
――――――遺言――――――
それを口にすることはできない。
言ってしまえば、目の前に現れてしまうかと思うから。
同じなのだ、ホーンも。――――契約だけ、本能だけで主様の元に居たわけじゃない。
□□□□□□□□□□□□□□□あの方
レオやユニコーン達と同じ様に、私達も主様を好いている―――――
「・・・兄上・・・?」
あがった声にビクッと身体が震える。
『・・・っ!』
息が――――止まる。
主様の気配が薄く、薄くなっていく――――
(―――――――!!!!)
「兄上・・・!兄上・・・っ!!」
妹君の悲痛な叫びが響く。
私は声をあげられぬまま、額を押さえてその場に膝を折った。
―――衝撃はゆるゆると訪れる。
見開いた自分の双眸から、落ちた涙が地面に溶けた。
“倒せ・・・ガルファを・・・その力強大だが・・・お前達ならきっと・・・”
主様の言葉が、耳の奥で渦巻く。
私にできる事――――今できる事。
新たな契約者に力を貸す事。
それは――――主様の命。あの方の願い。
「なんだって?!」
セルファイターのパイロットが驚愕の声をあげた。―――――螺旋城が、来る。


“良い星・・・なのだな・・・地球・・は・・”


この星を守る―――大切な人を守る。
自分たちの未来の為に。
その心の波動が、私を呼ぶ。
電童の二人のパイロット――――
『・・・・・・』
こちらを見る二人に、私は目をやった。

守りたい人がいる――――無くしたくない人が

そして―――――私は契約を拒まなかった。

[・・・・新たな主を拒んではいない。
 だが、求めた心は消えてはいない。
□□□あの方の心が消えたから離れたのではない。
□□□□□それでも契約は絶たれた―――自身よりも力を必要とする者の為に。
 そう願った心で・・・あの方の意思で。
 二君に見えず――その言葉のままに、最初で最後の主と信じていた。
□□□□□□□だが、それは違うのだ。
□□□□□□□□□認めないのだ。
□□□□□□□□□□□我らの内に定められた約束が。
□□□□□□□□□□□□□時に何より冷酷な、絶対の掟は。

□□□□□□□□□□□□□本能は忠実に契約に従い、
□□□□□□□□□□□□□□□しかし私は離れられない。
□□□□□□□□□□□□□□□□□―――心が彼から動けない―――!]



螺旋城が陥落した夜、私は北斗のギアコマンダーからそっと抜け出した。
ユニコーンとドラゴンはぐっすりと眠っている。
この分だともう一つのギアコマンダーでも、皆夢の中に違いない。
(・・・ふう・・・よし、大丈夫の様だな)
家人が全員床についているのを確認し、私は身体をホログラム状態に変換して一階の床に降り立った。
―――あるいは北斗の母君―――ベガ様が起きておられたら、気付かれたかもしれない。
が、どうやら大丈夫のようだ。
一息ついて、気合を入れなおす。
現在の時刻はおよそ3:00。
完全無比に真夜中だが、向こうは少しずれている筈
移動にも多少のタイム・ラグがあることを考えると、悠長にはしていられない。
念の為に自分の不在がばれない様、ギアコマンダーにフェイクをかけている。
あの赤毛の少女に調べられたら流石に破られるだろうが・・・セーブデータを起こされたら反応する様に紋章を残していくから、多分北斗相手なら大丈夫の筈だ。
・・・まあ、実際に換ばれたらどうしようもないが、そこまでの長居はしない予定だ。
私は思い切って身体を浮かし、外に出る―――――
「どこへ行く気です?」
「!!!!!」
唐突に。
全くの唐突に背後から響いたのは、聞き覚えのありすぎる声だった。
全身に冷気が走る。
素早く振り向くとそこには声の主が。
「・・・アルテア殿の所に行く気ですか?」
「―――――ホーン!?」
カウンターに身をもたせかけ、腕組みをしつつこちらを見ているのはブルホーン。
(うあ・・・・)
思わず一歩下がる。
「・・・何故ここにいる・・・?」
「貴方がアルテア殿を見に行くと思ったから」
あっさり言い返され、私は絶句し―――諦めた。
やはり長い付き合い、自分の行動を予測するくらい彼には容易な事なのだろう。
『知恵』の象徴は伊達ではないということか。
(・・・それとも、私の態度が傍目に見てもそうだったのだろうか・・・。)
なら、当然他の者にも・・・・マズイ。それは絶対にマズイ。
恐る恐る聞く。
「・・・まさか皆居るのか・・・?」
「いいや―――私だけだ。他の者は本当に眠っているよ。こちらも一人で出てきたからな」
「そうか・・・感謝する」
きっと黙っていてくれたのだろう―――その心遣いに僅かに安堵する。
「・・・で、何をしに来たホーン?」
半ば確認の意味をこめて問う。
「そうだな・・・とりあえずは、引き止めにか。 今の貴方はアルテア殿の元に行かせるには甚だ不安だと思うので」
(・・・?)
引き止める事は予想がついたが――――不安?
「私のどこが不安なのかな?―――至って元気だが」
「その言い方と自覚の薄いところが一番不安なのだよ―――バル」
「・・・!」
彼には珍しくきつい言い方に、言葉が止まる。
「自分で判るほうが良かったが・・・気付いていない様だからやはり言っておく」
「・・・何を」
ホーンは一拍置いた後、それを私に告げた。
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□プログラム
「このまま心と契約が衝突し続ければ・・・・いずれ遠からず貴方自身が崩壊する。」

「・・・・・は?」
我ながら、かなり間の抜けた声で聞き返す。
「私が死ぬ?」
「そうだ。―――正しくは、自我が消失すると言うべきだが。 武器としての力はなんら変わらないからな。だが、私達に言わせれば同じ事だ。」
ギュッ・・とホーンが拳を握り締める。
嵌めている鈍色の手袋が微かに鳴った。
「・・・貴方が消えてしまうのだから
「・・・・なぜ?」
バンッ!!!!
ホーンの左手が平手でカウンターに叩きつけられる。

「――――本物の莫迦か貴様はぁっ!身体と力が残っていても、中身がそこに無ければどうしてその者と言える!? それとも器さえあればバルはどんなのが入っていても自分だと!!?」

「違うわあぁぁっ!!そうではなくてっ・・・どうして私が死ぬんだっ! 一体私の何を不安に思ってそんな事を言い出すのかと聞いている!!!」

思わず叫ぶ。
「己である事の定義の話ではないわっ・・・!」
「いや、つい苛立っていて・・・悪い」
叩きつけた左手を髪に入れる。―――ホーンの癖だ。
できればしたくない事を、それでもするしかない時の。
――――例えば、言いづらい事を言わねばならない時。しなければ、どうにもならない事。
そんな時に見せる癖だ。
今回は髪がすっかり乱れてしまっている。
元々柔らかい方ではない茶髪が、無残に捻じ曲がった針金のようにカールが入ってしまった。
だから―――――本当、なのだ。
私が死ぬかもしれないという事は。
「教えてくれホーン。―――何故だ?」
「・・・私達は」
呼び掛けに応え、真っ直ぐ視線を落とす―――その先に、私を見据えて。
18センチ近い身長差は、自然私をホーンが見下ろす形になる。
「―――それぞれ、各々に<象徴>を持っている。備わる力も、結ばれる契約も、その象徴に多かれ少なかれ影響を受けている。そしてそれは、私達自身にも等しく及ぶものだという事は理解しているだろう?」
「ああ」
「感情、性格――個性は後天的に作られ、絶えず変わりゆくものだが、
その過程にも有るべき外部よりの干渉の一つとして象徴は関わってくる。」
「・・・・・・」
「・・・・そしてそれは、生命維持においてすらも、その影響を厳然と及ぼす。」
「――――それが、私を殺すかもしれないのか?」
知らず、言葉がおずおずとなる。
とても、とても怖い気配。・・・・・主様が倒れた時の様な、目を逸らしたい、潜む危険の香りがする。
知っているのに―――気付きたくない
気付いてしまえば、失ってしまう―――それを知っているから。
だが、いずれ目の前に浮かぶ事も知っている。避けて通れぬ事だから。―――主様が自分自身の内側で闘っていたように。
・・・だから、ホーンの言葉を止めなかった。
「貴方の象徴は?バル」
「<自信>」
私は即答する。
「では問う・・・・今、貴方は自分の在り方に自信があるか?」
「――――――――――!!!!!!」
側頭部を殴り倒された様な衝撃が、私を襲った。
――――理解していた事だけど。
それでも、ここまで理不尽と感じるとは思わなかった。
ぐらっ・・・と、身体が傾ぐ。
(をい・・・・つまりそれは・・・・)
「・・・では何か?私が主様を思う心が、北斗との契約と反発しているから私が死ぬと?」
「その―――危険が有る」
ビンッ・・・
―――弾ける。
「―――悪いか」
「バル?」
「――――私が主様の様子を見に行く事が悪いのか・・・!」
「・・・・」
「あの方は一度、心臓止まったのだぞ!今は蘇生しているがもし、このまま二度と・・二度と目覚めないなどという事になったら・・・私は・・・っ!!」
息が詰る。
腹立たしさと悔しさに、何より我が身の不自由さに。
「・・・そんなくだらないものに、私は縛られなければならんのか・・・・!そんなものに私の在り方も、命も、心も従わなくては生きてゆけぬのか・・・・!もし本当にそうだというならば――――――――」
いっそ涼やかに私は叫ぶ。
囁く様な涙声で。
「――――殺すがよいさ・・・私を縛る契約よ!己が心も貫けぬならば、その様な本能など私はいらぬ!」
「バル落ち着け!声を・・!」
「―――――ホーン!!!」
涙は出ない。
ただ声だけに、その気配が滲む。
「ホーン私は・・・私にはできぬ!――私は北斗のデータウェポンになることを拒んではいない!彼の力になりたいと思う!それと私がどうして相容れない・・・北斗とて・・!」

“契約が変わっても、そう心は変わらない。アルテアとずっといっしょだったんだから、君もアルテアを好きなんだろう?ユニコーンが僕らに応えてくれた様に。だから、気持ちを無理やり変える事はないよ。―――ゆっくり、僕らと居てくれたらいいから。”

「――――そう、言ってくれた・・・!」
地球に帰ってきてから、一番初めにそう言われた。
すごく、楽になった。
主様には敵わないかもしれないけど、きっとやって行けると思う。
けど。
だめなのか。――――もう、どうにもならないのか。
「――――だから、私は貴方を止めたのだよ。どうするべきかを貴方が見つけられる様。」
ホーンの声は優しかった。喉の奥で笑いながら言う。
「・・・もう大丈夫だな、そこまで言い切ってしまえば。」
「・・・・は?」
「大丈夫だ!もう、アルテア殿を見に行ってもバランスを崩す事も無かろう!」
「・・・ホーン?」
心底愉快そうに言う彼に、私は何が何だか判らない。
「行って来い!夜は長いからちゃんと朝までには戻ってこられる。万が一の時には私がフォローしておくから心配しなくても・・・」
「ちょっと待てホーン!私にも判る様に説明しろ・・・一体・・・」
「ああ・・すまんな」
口元に手をやり、何とか笑いを押さえながらこちらを見る。
「許せよ――――フェイクだ。挑発した。」
「・・・・・・」
黙。
―――“挑発”。
ガシィッ!
「――――――――!!」
私は無言でホーンの服を引っ掴むと、カウンターから床に引きずり倒す!
「ちょっと待てバル!私の話を・・・!」
黙れ大莫迦者が。
体格差を勢いで無効にし、倒れたホーンの両腕を掴み捻じ伏せる。
ギリッと力を入れるとそこではじめて悲鳴をあげた。
「いっ・・・!痛いちょっと緩めっ・・・!」
五月蝿い。
「覚悟はいいな・・・ヒトの領域のドアをピンポンダッシュして、 反応を見て楽しむ様な真似をするのは私の最も嫌いな輩だと、知っていた筈だな貴様は・・・!」
「バル!私の話を・・・うっ!!?」
さらに強く、まず右腕を締める。
「やった事に詫びも入れんような輩の申し開きなど聞かぬわ!」
「・・・っ悪かった・・!こんなやり方で貴方の心を曝した事は謝る!」
「・・・・・・」
「ごめんなさいっ・・・!」
(・・・っこの・・っ!)
ホーンの声に、私は両腕を解放する。
「・・・何故こんな真似をした?貴方は私が怒る事を承知の上で、訳も無くこの様な事はしない筈だ。」
「―――始めに言ったろう。“このままだと死ぬかもしれない”と」
肩を回しつつ半身を起こし、彼は言った。
「それが一体どういう・・・」
「アルテア殿が倒れた後の貴方は、簡単に言えば“錯乱”していたのだよ。ずっと」
「錯乱?」
「そのままでいれば、データウェポンとして力を貸す主との契約と自身の感情がごっちゃになってしまいかねん。――だから貴方には一度全部吐き出して、自覚してもらう必要があった。」
ふわん、と笑う。
「自分の事を。」
「・・・だから言わせたのか・・・私を怒らせると知っていて」
「手段を選ぶ余裕は無かったからな。貴方が本当に消失するのを防ぐ事が出来るなら、心を暴いた事に対してのお仕置きは甘受する覚悟だった」
私は茫然と彼を見やる。
本当に、気付かなかった―――自分の事なのに。
口にするまで。
「・・・悪かった・・手荒な事を・・」
「バルが謝る事ではないさ。自業自得だよ、私は」
パタパタと手を振り、付け加える。
「もうそろそろ行かないと間に合わない。―――伝言を頼めるかなバル?」
「?」
「アルテア殿に」
ホーンは胸の前で軽く両手を合わせた―――と、手と手の間の空間に、梔子の花が現れる。
「届けてくれ、これを。・・・私の思いと、彼に捧ぐ言葉だ。」
“梔子の花”。
それは――――私達の心底からの。
「・・・必ず」
強く頷くと、部屋のコンピュータの端末を立ち上げる。
「ホーン」
「ん?」
「・・ありがとう」
「―――いえいえ」
ひょいと手をあげて応える。
そして――――――私は外に出た。


「まったく・・・おもいっきり極めてくれるものだな・・・」
暗い部屋の中、一人呟くホーンの声を聞く者は居ない。
くすくすと笑いながら立ち上がる。
「―――随分と世話の焼き甲斐があるお嬢だ!」
その頑なさと高潔さ――<自信>の象徴たる彼の女に、自分もまた捕われている。
(気付けよ・・・自分の事はなるべく早くに。――――私はとうに気付いたぞ)
そうすれば、また一つ強くなれるのだから。


一直線に、私は向かう。
主様の居る病院へ。
―――――と、いっても別に本当に現実空間を移動している訳ではない。
そんな事をしたら人目につく。
だから今私が飛んでいるのは――――電脳空間。
オープンネットを全速で移動し、目当ての病院のネットを探す。
周囲に尾を引く電子の虹――それは輝く事も煌めく事も無い宇宙で、在るだけで光る本物の星を私に思い起こさせた。
「・・・そういえば・・・螺旋城にもう一度向かう時だったか。主様が私達と最初に話したのは・・・」
ふと、そんな事を思い出す。


あれはアルデバラン内での事。
戦闘中以外で初めて呼び出され、開口一番がそれだった。
「どうして・・・あの時私を選んだ?」
『・・・ええっと』
思わず声がハモり、ホーンと顔を見合わせる。
今まで全く会話も無かった中で、まさかそれを聞かれるとは予想していなかったからだ。
「お前達が“求める心”に反応して主を選ぶ事は知っている。だから聞いているのだ。私に・・・あの時の私にお前達の求める心があったのか?」
彼の問いは真剣だった。
彼の思いは判らない。―――ずっと話もしなかったから。
私達の声は、彼には届かない。―――人の言葉を使わないから。
だが、それでも私達は答えた。
彼は本当に訊いていたから。
『私達は貴方の言うとおり、心を見出し主を選ぶ。生半可なものや上辺だけの、根の無いものはだから選ばない―――それだけの眼力は持っていると自負しています。』
『・・・私達をお疑いか?アルテア殿』
「記憶の一部が封じられていても、変わらないものなのか?・・・私の中のアルクトスはその様な小さなものではない―――そう、何より愛した者が、今は判るのに」
自室の窓に身を持たせかけ、苦く笑う。―――その気配がする。
「私の為に、陛下が封じていて下さった記憶。そして今、返して下さった記憶。・・・今ははっきりと思い出せる。」
・・・自分の事をこの方が、私達に語るとは思わなかった。
「とうに炎の中で亡くしたと思っていた・・・・・妹が、あの星に生きているのだ」
この方がこれほどに、穏やかな言葉を持つとは思わなかった。
「あの金の髪に赤茶の瞳の女が、私の妹―――ベガだったのだ。」
『―――――』
軽い驚きでその言葉を聞く。
あの、幾度も刃を交え、苛烈な戦いをした者が・・・・妹君だったとは。
この方でも、肉親に対してはこんな表情を見せるのか。
戦闘に赴いている時には、絶対に見せない一面だろう。・・・見られるとは思わなかったが。
「―――私は、陛下に忠誠を誓っている。陛下の為に戦おうと思う。・・・そして、大切な者を取り戻す為にも戦おうと思う。」
そして彼は私達を見る。
紛れも無く、私達を。
「ブルホーン・・・バイパーウィップ」
―――その時彼の語った言葉は、彼自身に向けた、返事を期待しない独白ではなく―――
「私が―――今の私が、お前達の力を得るに相応しいと認められるのなら―――」
―――自分達の存在を認めた上で、語る相手として話された言葉だった。
「―――私の力となって欲しい。」
『アルテア殿・・・』
ホーンが微かにふわんと笑う。・・・・それは、心寄せる者にしか見せない表情。
『ええ―――勿論ですとも。我らは貴方のデータウェポン。何時でも力になりましょう。』
深々と頭を垂れる。
―――そして。
『・・・御意』
私はゆるく差し伸べられた右手に、掠める様に接吻した――――


思うにこの時なのだろう。私達が真実、彼を主として迎えたのは。
そして―――私が主様に心奪われたのも。



流れる電子の奔流が止まり、私は意識を引き戻される。
硝子の格子に囲われて建つ、広大にして高い、白いCGで顕れた―――塔。
流石に軍事施設だけある。何が在るとも見せないけれど、幾重にも張られた防御壁――ファイヤーウォールに破砕プログラムの壁、蜘蛛の糸の如き探査網――対侵入者用カウンタープログラムが勢揃いでお出迎えだ。
「ここか・・・!」
アドレスは間違いない、このネットだ。
あの方が居る病院。
(これを造った者達には悪いが、通らせて貰おうか)
もちろん正面から行って、事を荒立てる様な事はしない。・・・潜り抜ける位訳は無い事。
私は周囲を取り巻く格子の内、最外殻の一本を選ぶ。
そしてそれに同化して、白亜の塔に降下した。

暗い廊下。
私は音も無く進む。
無事何事も無く病院に辿り着き、現実空間に出た私はたった一つを目指していた。
“ICU”――――重病者が居るところ。
「主様・・・!」
必死に気配を探る。
薄れていった、あの時の気配―――細くたなびく命の香を手繰る。
・・・ピンッ・・・
(居た・・・!)
判る。
「主様っ・・!」
私はその病室に飛び込んだ。


規則正しく聞こえる音。
心臓とリンクする電子の音。
彼を支えるその機械に、緑の線が波形を打つ。
「・・・・・」
その枕元に立ち尽くし、私はじっと視線を注いだ。
血の気の引いた頬と首筋は、弱々しくは無いがやはり元気とは見えない。
だが生気の薄いその顔で、震えもしない両の瞼―――翠の瞳は閉ざされていても、その美貌は損なわれてはいなかった。
だが見惚れているままではいられない。
“会いに”来たのであって、単に“見に”来たのではないのだ。
(話をするには―――やっぱりそれしかないか)
出来るかどうか判らないが、まさか本人を起こす訳にも行かない。やっぱり自分が行くしかないだろう。
生命維持装置の機能を邪魔しない様に、私は手を触れ同調する。
主様の生命を繋ぐこの機械を通してなら精神とだけでも話せるかもしれない・・!)
一縷の望みを抱き、ゆっくりと私は深く、深く沈んでいった――――


無数の鏡と、闇に浮かぶキューブ。
足元には影を映さない水面。
―――そんな光景の中で私は、拍子抜けするほどあっさりと彼を見つけた。
「・・・バイパー・・・か・・・?」
「・・・・」
見つけられて、話せて嬉しい筈なのにしばし止まってしまう自分。
言いたい事は山程、時間も迫っていたが―――はっきり言って私の所為ではない。
青いキューブに腰掛けて、いたって普通に呼び掛けられてはどうしろと・・・?
「な・・・何だか元気ですね主様・・・」
「元気ではないさ―――私は一刻も早く起きたいのに、身体は全く言う事を聞かぬ。」
自嘲気味に笑う。
「・・・・声も届かぬ、目も見えぬ―――ただ外の気配のみをより鋭敏に感じ取れる。 その様な中で傍らの妹に、応えてやりたくても何も出来ぬ・・・なかなか辛いものだ」
「あ・・・」
「ずっとベガの言葉に耳を貸さなかった、報いであろうな・・・」
悔恨と言うにも足らない、ちりちりと身を焦がす自分への刃。
ずっとそうやっていたのだろうか―――何度も何度も、繰り返し―――
自分の在るべき所を捜して―――
「主様」
「?」
「私もホーンも、妹君も、皆貴方が目覚める事を望んでいます。御身体が回復するまで歯痒いでしょうが、どうか耐えて下さい。・・・そして、お忘れなされるな。」
キューブの上の彼に向かい、私は右腕を差し伸べる。
掲げた指先に灯の光―――橙色のホログラム。
少しずつロードされていく。
「生きてこその、贖罪であり・・・生きてこその、良き未来なのですから」
「―――――――」
告げる言葉に、僅かに彼の目が見開かれる。
「・・・お前の言葉が聞けるとはな・・・これほどに強く響くのか・・・?データウェポンの言葉というものは」
「心寄せる者への言葉なら、皆力を持つものだと思います。プログラムの身であろうとも、それは変わらない―――そう、信じています」
ホログラムの繭から現れたのは、梔子の花。
「?・・・これは」
「ホーンより、貴方への伝言です。そして私達から、貴方に捧げるもの。目を覚まされたらその時は、調べて見て下さいな。・・・・地球の一部の慣わしです」
「・・・判った」
花束を渡す。
―――息が、跳ねる。―――声が凍る。
感覚の止まった様な喉で、一番告げたい事を伝える。
・・・多分、今しか言えない。
「ベガ様の声が貴方に届いた様に―――ユニコーンとレオがあの時、止まった様に」
幾重にも、オブラートに包んで。
直に言ったりしないからこそ―――――きっと、朽ちないものになるのだ。
時が移り、別れが来ても、私が生きている限り忘れない。
「私の言葉に力を感じるのは――――」
恋愛ではない。
独り占めにしたい様な、そんな爆ぜる想いではないから。
もっと静かで、穏やかな――――
「―――私達が―――」
――――私が――――
「―――――貴方を好いているからですよ
僅かな間が空く。
(―――っ言えたっ!!)
そして、彼が微かに笑った。
「・・・バイパー」
「バル」
「ん・・?」
「バル、とお呼び下さい。主様」
「・・・・それを言うなら、お前も私の事を名で呼んでくれるかね?」
「え・・・?」
アルテアと、呼んで欲しい。もう、お前達は私のデータウェポンではないけれど・・・私の頼みを聞いてくれるかな?」
顔が火照る。
何というか・・・すごく嬉しい。可笑しいほどに笑いが洩れる。
「――――わかりました」
最高の笑顔で。
「アルテア様!」



「ちゃんと間に合ったな」
「ホーン・・・待っていてくれたのか?」
再び日本―――星見町。
行きと同じ一階のカウンターで、戻った私を迎えたのはホーンだった。
「やはり送り出した責任と言うものがあろう?」
ふふっと笑う。
「その様子だと、アルテア殿とは話せた様だな・・・で、貴方はもう大丈夫かな?」
・・・朝焼けの薄くて細い陽が、飾り紐の様に床を彩る。
差し込む光のその中で、私は勇気をくれた仲間に、今日二回目の笑顔を贈った。
「――――――ああ!」




「紫雷」 ―――終―――





≪後日談・・・≫


その知らせは突然やって来た。
『・・・・盗まれた、だと・・・?』
ブチッ・・・
『ちょ・・っちょっと待てバル!』
『気持ちは判るが落ち着けバイパー――――ッ!』
ユニコーンとドラゴンが止めるが遅い。
次の瞬間、耳をつんざく大音響が、黒のギアコマンダーの中で炸裂した。
『何をやっているのだGEARの人間達は―――――っ!!!仮にもアルテア様のギアコマンダーだぞっ!!それをあっさり奪われるとはっ・・・!』
声の切れ目に二体は素早く耳を塞ぐ。
『―――――絶対に見つけだして鉄槌下してやる―――――――っ!!!!!』


「あ・・・」
「どした北斗?」
北斗が止まったので何事かと、二人で黒のギアコマンダーを覗き込む。
と――――そこには激しく明滅するバイパーの紋章が。
「これって・・・騒いでるって言うの通り越して・・・怒ってる・・よね・・?」
「・・・アルテアのギアコマンダーの所為じゃねえ・・・?」
「多分・・・」
「――――ねえ、どうしたの二人とも?」
後ろから駆けて来たエリスに、北斗は無言でギアコマンダーを見せる。
「・・・・凄いわね、バイパーったら不機嫌絶頂じゃない」
むしろ感心した様に言った後、三人で顔を見合わせた。
「(三人揃って)・・・・・はあ・・・・・」                                    




「紫雷」 ――終――




紫雷
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