『ぉ、おにぃ様・・・・』
『ええぃ!!貴様ごときに兄呼ばわりされたくないわ!!』
圭介の胸倉をつかみ、その体ごと自分の背丈より高く持ち上げた。
『兄上!!』
ベガが驚いて止めに入るが、それがアルテアの怒りをさらに買ったらしい。
『むむ・・・う、貴様・・・・我が刀の錆にしてくれよう!』
血の気を無くしたベガが決死の覚悟でアルテアの腕を抑える。
『あ、あにうえ〜〜!』
腕にしがみつくベガを振り払うことなどできるはずもないアルテアは、とうとう圭介を床に落とした。
『あ、ああ!あうち!』
軽くしりもちをつき、圭介は無残に床を転げた。
『兄上!!この人、圭介さんはわたしの大事な人です!! この人を失ったら、わたしは生きてはゆけませぬ!!』
アルテアの顔に驚きと寂しさの色が走った。
『ベガ・・・・・・そうか、そうだな・・・・。おまえは、ここで大切なものを得たのだな・・・・』
『兄上・・・・・・』
『ぉ、ぉ、おにぃ様、ぼ、ぼくは!!』
言いかけた圭介の目前に、アルテアの鋭い手刀が流れる。
もちろん、ベガには見えてない位置だ。
『ベガ、わたしとともにアルクトスに帰ろう・・・・』
『・・・!しかし兄上、アルクトスはもう・・・・』
見つめ合う兄と妹。完全な2人だけの世界に入っている。
悔しそうに涙を浮かべながらも、圭介はその場を逃れた。


腰をさすりながら階段を下りていくと、1階のリビングで銀河とカードゲームを楽しむ北斗の姿があった。
もちろん上の騒ぎは聞こえてただろう。
銀河が下を向いたまま、チラッと圭介を見、いけないことを聞いてしまったかのように慌てて目を伏せる。
『ホ、北斗、公園行こうぜ!公園!!』
いきなり立ち上がり、北斗の腕をつかんで歩き出した。
いきなりの銀河の行動に目を丸くしながら、北斗も歩き出す。
『は、早く!!』
『う、うん』
ばたばたと、外へ駆け出す2人。
その後姿を目で追いながら、自分を情けなく思う父、圭介であった。
『圭介殿・・・』
いつの間にやら背後まできていたアルテアにいきなり声を掛けられ、圭介は危うく階段から転げ落ちそうになる。
『な、な、なな、なんですか!!?』
階段から落ちそうな圭介を支えながら、アルテアは続けた。
『ベガを・・・・・幸せにしてやってくれ』
悲壮な面持ちでそう告げた。
『あれは・・・・わたしの大切な妹だ。わかっていると思うが、もし・・・・・・もし、泣かせるような事があれば、貴様を・・・・・・・・・』
圭介の腕をつかむ手に力が入り、圭介は顔をゆがめる。
『貴様を、斬る!!』
最後に圭介の顔を引き寄せ、睨みつけた。
もちろん・・・脅しではないだろう、アルテアならやりかねる!!
そう心の中でつぶやきながら、コクコクと頭を縦に振る。
正直、どっかに行ってほしい・・・・。
西園寺の家で引き取ってはもらえないだろうか・・・・?
・・・・・なんてことは、気の弱い圭介には口が裂けても言えない。
ため息をつく。長く深いため息。
『圭介さん・・・・』
気がつくと、エプロンをしたベガ・・・・いや、織絵が立っていた。
『織絵・・・・おまえは織絵だよな?!!』
『圭介さん・・・・お願い、兄と仲良くして』
瞳を潤ませながら、圭介に懇願をする。
ここで、いやとは言えないだろう・・・・・・・。
西園寺のじいさんと同居してるよりもつらいかも・・・・・。
そう思う圭介であった。

またひとつ、ため息をつく。

『北斗を・・・・迎えに行ってくる・・・・・』


『銀河、銀河のお父さんは?』
『とうちゃん、今度はギリシャの方行くってさ』
『ふーん・・・・・』
『あ、あのさ、銀河・・・・』
『・・・・・・なんだよ』
『アルテアさんさあ・・・・いつまでうちにいるのかなあ・・・・』
『・・・・・・さあ?』
北斗は、ちょっと日が傾きかけた公園のブランコで、足を引きずりながら背中を丸めるちょっとかわいそうな父を思った。

『わたしが邪魔か?北斗』
突如、背後から低い透明感のある声が聞こえて北斗は危うくブランコから落ちるとこだった。
『う、うわああぁ!』
とっさにしなやかな腕が北斗を捕まえた。
長いシルクのようなつややかな緑色の髪が北斗の身体に降りかかる。
アルテアはふいに声をかけて、北斗を驚かせてしまったことに舌打ちをした。
『ア、アルテアさん・・・・』
銀河も豆鉄砲を食らったはとのような顔をしている。
『大丈夫か、北斗!!』
『北斗、銀河。・・・・わたしは・・・・騙されていたとはいえ、おまえ達やベガ・・・・すべてのものにとんでもないことをしてしまった・・・・』
アルテアの手に力が加わる。北斗に回された腕が少し震えていた。
『アルテアさん・・・・・』
『わたしはここにいてはいけないのだということはわかっている・・・・』
悲痛の面持ちで続けた。
『しかし・・・・ベガは、おまえの母はわたしのたった一人の妹。もう少し、もう少しだけ・・・・・』
そう言いかけて言葉を詰まらせた。
『だ、大丈夫だよ、アルテアさん!!お父さんだってぼくだってわかってるよ!!』
気休めにしかならないだろうが、北斗は北斗なりに精一杯慰めているつもりらしい。
『おっさん!俺だって!!』
銀河も続ける。・・・・・・おっさんという辺りが銀河らしい・・・・。
『ありがとう、少年達』
アルテアの口の端が少し上がり、やさしい笑みを見せる。

『あ、あの・・・・』
いつからそこにいたのか、北斗を探しに来た圭介が少しはなれたとこから北斗に声をかけた。
『お父さん』
圭介に駆け寄る北斗。
『・・・・・・・・ええ、と』
アルテアの瞳をまっすぐに見据えて、圭介は言葉を続けた。
『織絵が待ってます、もう帰りましょう』
北斗は父、圭介を見上げた。
お父さんらしいな、と思った。
正直、アルテアさんはまだ恐いけど、お父さんと仲良くしてくれたらなと思う。
『あ、おれん家も飯だ、あまり遅くなるとかあちゃんにしかられちまう!』
出雲家のしかり方は普通とはちょっと違う・・・・・と、北斗は思う。
自分家が違うのだろうか・・・・?
でも、楽しそうな銀河を見ているとちょっと羨ましいときもある。
『じゃあな、北斗!!』
駆け出す銀河。
『北斗、帰ろう。兄さんも』
北斗の手を取る。

アルテアは空を仰ぎ、まぶしそうに目を細めた。
故郷のことを思い出しているのだろうか。
『ここは、アルクトスと違う』
静かにつぶやく。
あたりまえだ。と、圭介は言おうとしたがやめた。
独り言だろう。
無き、故郷を思い出しているのだ。
余計なことを言ってはいけない。
『いつか、・・・・・・・・いつか――――――――』
アルテアはそれ以上は口をつぐみ、草薙家へ歩き出した。
何が言いたかったのだろう?
なんとなく、聞いてはいけないのだと思い、圭介もまた、何も言わずに歩き出した。
家では織絵が待っている。
それぞれがこの幸せを壊したくないと願う。
いつまでも安穏とした生活が続けばそれでい。
この地球で、もう争いは起こってほしくない。


家で織絵が待っている。
早く帰ろう。
愛する妻の兄はまだ恐いけど、そのうち分かり合える日が・・・・あるだろう・・・・多分。
そう自分に言い聞かせながら、この先を案じる圭介であった。
圭介の目にきらりと光るものがあった。






完?
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