氷舞





守りたい者がいる。
守りたかった者がいる。
二人は今、私と共にいる。


(いや―――違う)


―――――私が、二人の元に―――――『人』に―――――戻ったのだ。


気を抜けば倒される激戦の中、恐ろしく冷静な自分がいる。
暗いホールで絶える事のない火花。
自分と、そしてゼロとの間―――弾ける星は、刹那の攻防。


それを見据える自分がいる。


あの時には持てなかった視点。
怒りに熱く心を灼きながら―――どこかで冷え冷えと冴えていく。


研がれる感覚を支えるのは―――立ち返れし己の記憶と思い。


赤い棍と、銀の刃―――あの回廊でも交えた光。


忘れ得ぬ戦い。


だが―――――結末までもここに再現する気はない―――――!!




電童本Vol.6   「氷舞」  中編





ギンッ!!!


回廊に響くのは、金属の咆哮。
「う・・・っ!」
「・・・ふっ!」
打ち込みを真正面で受け止められ、逆に弾かれる。
衝撃に腕が痺れるが、そんなものにかまってはいられない。

(スバルは―――!?)

姿と気配が遠く消えている。
どうやらここを離れられた様だ―――――ならばっ!


ギ・・・ンッ!!

渾身の力で再び打ち込む。
中心で交わる三本の得物。
「―――弱い、ですね」
「くっ・・・!」
腕がたわむ。
人外の力で押し戻された刀が、自分の喉に迫る。
「無駄な戦いですよ・・・お止めなさいアルテア」
金の瞳が自分を覗く。
「無駄では・・・ないっ!!」
「無駄ですよ」
間髪入れぬ言葉と同時に、一瞬―――拮抗が崩れる。
途切れる重さ。
惹かれる様に、前へと揺れる―――

(―――――!)

ドンッ!!

上体の泳いだ刹那に、ゼロの蹴りが腹に入った。
「・・・・・!!」
声も出ないまま床を滑る。
曇る視界。
衝撃に鈍る感覚―――それでも感じる追う影―――風切り音!

(!!)

バンッ・・・!

床に手をつき、反動で離れる。

・・・バグンッ!

―――退いた半瞬後にその床が砕け散る!!

「・・・・・」
陥没した回廊を挟み、再びの対峙。
居合に刀を構える私―――自然体に、しかし隙なく佇むゼロ。
「無駄ですよアルテア」
手にした棍を振り、破片を落とす。
優雅ですらあるその姿。
「貴方が私に刃向えるのは、私が貴方に力を与えた故」

―――――強い―――――

「その剣技も、その体術も、全て私の手により磨かれたもの」

「・・・そうだ・・・だが・・・それでも私は・・・・・!!」

圧迫に抗すべく私は反駁する。
―――言葉は、事実。
否定のできぬ事実。
奴は・・・ゼロは、十七年という歳月の中で私に様々な事を教えてきた。
より役に立つ≪道具≫として。
ガルファに益をもたらす者としての教育。

ある意味、奴は―――――私の≪師≫。

だが。

それでも。

無造作に―――そう見える歩みで―――間合いを詰めてゆくゼロ。
その手には、再び伸ばされた朱の棍。


(―――それでも勝たねばならんのだ!!!)


「お止めなさいアルテア・・・貴方はまだ我らに必要。戻りなさい、我らの≪黒騎士≫に」
「断る!!」
優位という高みからの宣告に、鋭くきっぱりと拒絶を返す。
「私も―――そしてスバルも!!もはやお前達の元になど行かぬ!!」


勝たなければ私は戻れない。
―――スバルを人の世界へ戻せない。


「私達が“戻る”は≪人≫の世界ぞ!!断じて―――」


叫びは怯懦を封じる為―――そうしなくば奴と戦えない。


「―――戻る所は断じてガルファにあらず!!!」
同時に、床を蹴る―――三度めの。
「懲りませんね貴方も!!」
ゼロの笑顔が深くなる。
絶対の自信―――――
(―――――それが貴様の命取りだ!!)
ガガァァッ!!!
交錯の衝撃が肌までも震わせる。
だが―――今度はっ!!
「っ!!」
ゼロの双眸に驚愕が映る。
奴の持つ棍と組み合っているのは―――――『鞘に収まったままの』刀!!
「おおおおおっ!!!」
勢いのまま鞘を棍に押さえつけ―――反動で隙間が開いた瞬間、今度こそ抜き放つ!!
「アルテ・・・!!?」
「貴様はこの場で消えてもらう!!!」
ビィィィィンッッ!!
耳が痛くなる反響と共に、順手の側での切りつけが入る!
「ぐっ・・・!」
僅かだができた奴の隙に、半ば無理やりに棍を蹴り飛ばし―――――

ドンッ―――――!

「がっ・・・・・!?」

金の眼の驚愕はそのままに、奴の体が大きくしなる―――――

―――――逆手に持った私の刀が、ゼロの身体を串刺しにしていた―――――


・・・そして。


「・・・・・っ!?」


―――――刀を引き抜いた私の眼に、爆砕するゼロと回廊が見えた。










氷舞
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